2016年5月アーカイブ

『海よりもまだ深く』

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 先週はカンヌ国際映画祭が開催されていました。今や日本を代表する監督の1人、是枝裕和監督の新作も出品。
今回ご紹介する作品は5/21(土)公開の『海よりもまだ深く』です。
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 離婚した妻(真木よう子)に息子(吉澤太陽)の養育費も満足に払えないのに、ギャンブルに走り、15年前の文学賞受賞という過去の栄光に未だ未練タラタラな男。それが本作の主人公・良多(阿部寛)。台風が迫ってきたある日、離れ離れになった元家族が良多の母(樹木希林)の住む団地に集い、ひと晩を共に過ごすことになります。
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 この映画には「夢見た未来とちがう今を生きる、元家族の物語」とか「なりたかった大人になれた?」といったキャッチコピーがついています。良多はまさにそんななりたかった大人になれなかった男として描かれます。息子、夫、父、弟といった役割がありながら、どの役割もうまく立ちまわれず、元妻には愛想尽かされ、息子からも「お父さん、お金大丈夫?」と心配される始末。あげく、姉(小林聡美)の元にお金の無心に出かけ「いい加減にしてよね。お父さんにそっくり」と言われ、良多にとっての"こんな大人にはなりたくないNo.1"の自分の父親と自分が同じ道を歩んでいる気がしてますますうんざりするのです。

 でもそんな良多でも母だけは何だかんだで優しい。いい年になってもいつまでも母親にとって子供は子供なんですよね。花も実もつかないと愚痴をこぼしながらも良多が植えたミカンの木に毎日水やりをし「でもこの前、虫が葉っぱにいてね~。まぁどんなものでも何かの役には立ってるわよ」とまるで息子を愛でるように大切に育てているのです。
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 そんなどこにでもあるような親子、家族の日常の一コマ、一コマが丁寧に描かれる本作。私も若い時は親にいちいち悪態を付いたりしたものですが、気付けばどんどんそんな親に似てくるし、自分が成長しきれていないことは棚に上げて、親に一丁前なことを言ったり、その癖やるべきこともやらず親不幸ばかり。若い頃は映画の中のダメな大人を見ていても「あんな大人にはなりたくない」なんて嫌悪していたのに、今ではすっかり自分がそんなダメな大人の仲間入り、むしろ気持ちがわかり過る、なんてことも。
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(ダメダメな良多を慕う後輩の町田(左)、演じるの池松壮亮くん。二人の関係が疑似親子のようでまた良いんですよね。)

良多も若い青年に向かって「そんなに簡単になりたい大人になれると思うなよ」と言い放ちますが、本当、思ったような大人になんてなれないですよね。年を重ねればもうちょっと大人らしい、多少の立派さみたいなものを身に付けられると思っていたのに・・・。良多の姿を見ながら「これ俺か?私か?」なんて思う人も多いと思います。

 そして「こんなハズじゃなかったのに・・」という気持ちを抱えている良多は同時に昔の想い出、栄光、未来への淡い期待といった今ないものにばかり囚われて前に進めない男としても描かれます。執着を捨て生きる方が幸せになれるのに、人も幸せに出来るのに・・・「それって執着ですよね」と指摘されても「執着なんかじゃない、責任感だ。」と言って自分を偽ってしまう。本当ダメダメちゃんです。そんな良多へ、樹木希林さん演じる母が冗談まじりの会話の端々で「男は何で今を生きられないのかしら」なんてことを言うからまたドキっとさせられたりもするのです。
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(是枝作品は初参戦の小林聡美さんが良多の姉を演じます。希林さんとの絶妙な母娘演技がまたたまりません!)

 ひょんなことから、台風の夜に一夜を共に過ごすことになる、良多と元妻、息子そして良多の母。台風の訪れでまさに良多の人生も"雨降って地固まる!"といった所までにも行きつかないし、この日を機に何かがちょっと変わるかもしれないし、変わらないかもしれない・・・ぐらいの曖昧な予感だけが残るけれど、でも台風一過の後の風景のように、どこか晴れ晴れとした余韻と共に「あ~人生って思い通りになんてならないけど、これが生きていく、ってことかもな~」なんてちょっぴり優しい気持ちになれるのでした。

By.M
(c) 2016 フジテレビジョン バンダイビジュアル AOI Pro. ギャガ

『殿、利息でござる!』

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 ここ数日、裏金疑惑、政治資金の私的流用疑惑と言った何だかな~といった報道が世間を賑わしていますが、そんなご時世にぴったりの作品をご紹介します。今回は5/14(土)から公開の『殿、利息でござる!』です。
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(ゼニと頭は、使いよう。)

 藩が課した年貢によって破産、夜逃げが相次ぐ宿場町・吉岡宿。これをどうにかせねばと考えた商人・穀田屋十三郎(阿部サダヲ)は町一番のキレ者菅原屋篤平治(瑛太)の秘策を実行に移そうと決心!それは藩に大金を貸し付け、その利息を住民に配る"宿場救済計画"。計画が明るみになればお上にたてついたと打ち首は免れないのですが、それでも十三郎と仲間たちは宿場のため、子供たちのために奮闘します。

 お上に貸す目標額は1000両、今で言う約3億円!これにより毎年100両(約3000万円)という利息が宿場の収入になるとは言え、貧乏な庶民たちがまさに身を削り私財を投げ打ち、このお金を工面することは並大抵の努力があっても出来ることではありません。何が驚きかって、このお話がなんと実話だということ。
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(公開中の「64ーロクヨンー前編」ではシリアスな役を演じる瑛太さんですが、こういうコミカルな演技がうまいこと、うまいこと!)

 本作は「國恩記」という古文書を基に、「武士の家計簿」の原作者・磯田道史さんが書きあげた「穀田屋十三郎」(「無私の日本人」所収)が原作になっています。主人公は江戸時代の名もなき庶民たち。宿場を救うためにここまで己を犠牲にした人たちがいたなんて・・・もうそれだけで胸熱じゃありませんか。

なんてことない普通の人たちが家族のために、周りの人のために、まさに無私の精神で行動するんです。おまけに仲間内で"つつしみの掟"を掲げ、善行をしていることで調子に乗らぬよう、計画は周りの人だけでなく、子々孫々までも口外しないこと、寄付をする場合も名前は伏せること、町を歩くのも端っこを、と全ての行動においてつつしむことをルールとするのです。仲間内にはどうしても自慢したい人が出てきたりと足並みが揃わぬこともあり、小さな諍いが勃発し一筋縄ではいきません。でもその紆余曲折込みで、本作は笑いあり、涙ありで本当に心温まる物語なんです。まるで落語の人情噺みたいです。
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(キャスト陣の演技もテンポが良くて息ピッタリ!)

 中でも阿部サダヲさん演じる十三郎と妻夫木聡さんが演じる浅野屋甚内の物語がまた胸熱!二人は造り酒屋の家に生まれた兄弟なのですが、真っ直ぐで愛されキャラの十三郎に対しケチで守銭奴のレッテルが貼られている弟・甚内は全くタイプが違って折り合いがよくありません。十三郎が長男にも関わらず養子に出され、家を継いだのは弟。先代である父の愛情を受けることなく育った十三郎は人のため、宿場のためなら我が身を省みず真っすぐ犠牲も問わないのに、こと弟のことになると人が変わったように意地を張ってしまう。それがこの"宿場救済計画"の際にも問題となってしまうのですが、実はそれにもある隠された秘密があったことが明かされる後半はもう涙なくして見られません。
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 江戸時代のお話ではありますが、名誉や名声を得た人が私利私欲に溺れたりや保身に走るなんてことは現代でもよ~くあることなので、とても身近なトピックとして感じられると思います。つつまくあること、人にやさしくすること、思いやること。そんな純粋な想いが人の心をどんどん動かしていく様は本当心が洗われるようです。
 笑って泣けて、実はいい話!本作は様々な世代の方が楽しめる1本になっているので是非ご家族皆さんでお楽しみ下さい♪

追伸、
なんと藩主を演じるのは本作の舞台、仙台出身フィギュアスケートの羽生結弦選手!
いや~、スーパースターは何でもやれちゃうんですね。その姿は是非スクリーンで!

By.M
(C)2016「殿、利息でござる!」製作委員会

『ちはやふる[上の句]/[下の句]』

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 皆さん、こんにちは女住人Mです。晴れた日は風も心地よく、緑がキラキラしていて眩しい季節ですが、この映画が放つキラキラ感はそれ以上かもしれません。今回ご紹介するのは『ちはやふる[上の句]/[下の句]』です。
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 『ちはやふる』は競技かるたに懸ける高校生の青春を描いた大人気コミックの映画化で3/19(土)から[上の句]、4/29(金)から[下の句] が2部作連続で公開されています。千早(広瀬すず)、太一(野村周平)、新(真剣佑)は幼馴染で小さい頃は仲良く競技かるたをしていたのですが、小学卒業を機にバラバラに。高校に進学した千早が太一と再会し、競技かるた部を立ち上げ、新とまたかるたがしたいという思いを胸に全国大会をめざす、というのが[上の句]までのお話。
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 高校生主人公の青春+ちょっと恋愛もの映画という枠組みに当初は「これは若い子向けの映画なんだろうな~」と思っていたのですが、観た周りの大人たちの反応がすこぶる良いではありませんか。千早を演じる広瀬すずちゃんのような生命力溢れる女子がスクリーンで輝く姿を愛でるだけでも日頃の疲れも癒えるかも・・・という軽い気持ちで[上の句]を観たのですが、もうおばちゃん(あっ、私のことです)は一発でやられたのです。広瀬すずちゃんがスクリーンから放つキラキラ感といったらもう、眩しくて、眩しくて・・・これは私の世代で言う、角川映画における薬師丸ひろ子、原田知世映画みたいなもので、『ちはやふる[上の句]』は、ある特定の年齢の子だけが持つ輝きがスクリーンの中に奇跡的に閉じ込められたまさに王道アイドル青春映画だったのです!
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 そして本作は競技かるたに懸けるスポ根青春映画として完成度&好感度もとっても高いんです。千早の立ちあげた瑞穂高校・競技かるた部にはかるた経験者の千早、太一、肉まんくんこと西田(矢本悠馬)の他に未経験者の奏ちゃん(上白石萌音)と机くんこと駒野(森永悠希)がいますが、決してみんなが同じ思いで出発地点に立ってはいなかったもの、競技かるたを通して、どんどんチームとして結束していくんです。
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(映画の世界とわかっていても「今日も彼らはかるたの練習してるかな~」なんて思っちゃう)

机くんなんかは、秀才だけどいつも一人で机にかじりついていたからそのあだ名も付いたほどのぼっち君。でも競技かるたと出会い、仲間と出会い一旦は「やっぱり自分は一人なんだ。他人なんて信じるんじゃなかった」と傷つくエピソードがありつつも、初めて自分の居場所を見付けるんです。[上の句]における机くんパートは心揺さぶられるシーンも多く、影のヒロインは机くんと言っても過言ではありません。
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(机くん(左)のスピンオフドラマとか見たい。)

 そして続く[下の句]では抜群のチームワークでもって全国大会に出場することになった瑞穂高校・競技かるた部のその後が描かれ、高校生にして日本一のクィーンこと若宮詩暢(松岡茉優)が登場します。
[上の句]ではすずちゃんのキラキラ感、脇を固めるサブキャラたちとのチーム萌え感、まさにThe青春映画的な輝きを堪能する映画でしたが、[下の句]の見どころは何と言っても千早VS詩暢の個人戦。[上の句]では最後に流れる予告でチラっと登場するだけの詩暢でしたが、その時から彼女が放つオーラが只事でなかったことはご覧になった方ならお気付きのことでしょう。
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演じるのは近年、ドラマ、映画、バラエティとその才能を余すことなく発揮し、既にその演技力、センスに定評がある松岡茉優ちゃんが演じてますからね。[上の句]とはまた違った化学反応が起きた[下の句]も観るべし、観るべしです。
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 シネマイクスピアリでも[上の句]は上映中なので(5/13現在)、未見の方は今からでも遅くはありません。そして先日、続編の製作も決定し、また瑞穂高校かるた部のみんなに会えるのが本当に楽しみ!続編は机くんの出番がもっと増えるといいな~。

By.M
(C) 2016 映画「ちはやふる」製作委員会
(C) 末次由紀/講談社

『さざなみ』

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 GWは皆さん如何お過ごしでしたか?こんにちは女住人Mです。GWは「ズートピア」を始め家族で楽しめるファミリー映画が大盛況でしたが、これからは大人な映画の公開が続きます。今回ご紹介するのは本年度アカデミー賞主演女優賞ノミネート、2015年のベルリン国際映画祭で銀熊賞(女優賞、男優賞)W受賞ほか数々の映画賞にも輝いた5/7(土)公開『さざなみ』です。
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 ケイト(シャーロット・ランプリング)とジェフ(トム・コートネイ)は週末に結婚45周年の記念パーティーを控えた老夫婦。しかしジェフの元に一通の手紙が届いたことから何かが狂い始めます。それはケイトと知り合う以前にジェフが付き合っていた恋人カチャの遺体がアルプスの氷河の中から発見された、という知らせ・・・。以降、平穏だった二人の生活に不協和音が生じ始めるのです。
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 冒頭は本当に穏やかな日常が描かれています。毎朝の日課なんでしょう、愛犬と散歩をするケイトはとても若々しく、おうちの中もセンスの良いものに溢れ、ジェフも妻に優しく、45年という結婚生活がとても素敵な時間の積み重ねだったんだろうな、と簡単に想像出来るぐらい、まさに"絵に描いたような幸せな日常"なんですよね。でもそこに届いた1通の手紙・・・。ケイトに説明する時にジェフはこう言うんです。「僕のカチャが見つかったんだ」と。"僕の(my)"ですよ、もうこの単語だけで「あちゃー」ですよ。

45年も連れ添い、5日後に45周年の結婚記念パーティーを控えているにも関わらず、この場に及んで"僕の"カチャが、ですよ。ケイトも最初の方は自分と結婚する前の女性のことだし、おまけに彼女はもう亡くなっているし、何よりこれまで45年という月日を共にしてきた想いというのもあるのですから、然程気にかける必要はないかな、と思うのです。ちょっと嫉妬してみたり、そんな妻に対してジェフはおどけることで平然を装ったりと、まぁまだまだそんなに波風立ってないな、という感じだったんです。
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が、旦那は急に温暖化に興味を示してみたり(これによりカチャの遺体は見つかっている)、妻に対して男を見せてみたり、眠る前には若い時の想い出を饒舌に語ってみせたりするのです。男性が浮気をすると女性はすぐ見抜いてしまう、とよく言いますが(男女別で行動の違いみたいなものを語るのはよくないとは思いますが・・・)まさにそんな感じで、この映画を観てるとジェフの行動はもう"胡散臭い"の何ものでもないのです。全ての行動が心ここにあらずで、「こういうのもまぁ可愛いな~」ぐらいで観ていても、どんどんジェフの心があの頃に戻っていくのが手に取るようにわかり「あかん、あかん、こりゃダメだわ。」と思ってしまいます。
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そして止せば良いのにケイトは名探偵よろしく、夫の過去に何があったのか知ろうとするのです。夜な夜な屋根裏部屋に行って何かを物色する夫。そんな夫がいない日に屋根裏部屋に上がってしまう、妻。夫も妻も止めときゃいいんですけど、そうはいかないんですよね。そして一通の手紙を発端に、彼を取り巻く全てのもに昔の女の存在が、気配が充満してしまうのです。

45年というとても重いハズの年月が、たった一瞬で、たった1つの出来事で変わってしまうことがあるのです。それは良きにつけ悪しきにつけ・・・それが人生と言うものなんですね。穏やかな水面に投げ込まれた1つの石がどんどん大きな波紋を生む。『さざなみ』はそんな映画です。

 エンディング、ケイトもジェフもいろいろな想いを抱えパーティーの当日を迎えます。そのラストカット、ケイトの感情は頂点を極めます。それを演じるシャーロット・ランプリングを是非、スクリーンでご覧下さい。
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(あかん、怒らしてはいけない人を怒らしてはあかん!)

 そして、本作は素晴らしい役者陣の演技もさることながら、様々な"音"がもう一人の主人公とも言えます。時計の音、風の音、波の音、そんな生活の一部の"音"が雄弁にケイトの心情を語る時があります。映画の冒頭から流れるある音も然り・・・
原題の「45years」も邦題の『さざなみ』もズシンとくる本作は暫定MYベストな1本、むちゃくちゃオススメです!!

By.M
(C)The Bureau Film Company Limited, Channel Four Television Corporation and The British Film Institute 2014

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