ウラシネマイクスピアリブログ

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『旅と日々』

 いろいろ煮詰まってくると全てをほっぽって遠くに行きたくなりませんか?私はそういうタイプの人間ということもあり、この映画がとっても大好きです。今回はロカルノ国際映画祭グランプリにあたる金豹賞とヤング審査員特別賞をダブル受賞した11/7(金)公開『旅と日々』をご紹介いたします。

 主人公は脚本家の李(シム・ウンギョン)。仕事に行き詰っていた彼女は教授から気晴らしに旅行に行くことを薦められ、雪深い北国へ向かいます。計画も立てずに降り立った町で泊まる場所も見つけられない李はやる気のない主人べん造(堤真一)が営むおんぼろ宿にたどり着きます。

 映画の前半は夏の海で偶然出会った男女の物語。鬱々としたものを抱えていそうな表情の夏男(高田万作)と彼と出会う物憂げな女・渚(河合優実)。なんてことない海辺だけれど寄る辺なさに包まれるその光景、二人のやり取りに胸騒ぎがする。だってそのシーンを支配するのが河合優実だもの。NHKの朝ドラだろうが、民放のコメディドラマだろうが、どんな場面でもその場を掌握してしまう河合優実の存在感がこの映画でも光ってます。相変わらずすごいぞ、河合優実。と、二人のやりとりを見つめているとそれは本作の中で上映している映画だと気付かされます。


 この映画はつげ義春の「海辺の叙景」と「ほんやら洞のべんさん」という二つの短編マンガを原作にしています。前者は李が脚本を担当した映画、つまり劇中劇として登場し、後者は彼女自身が体験する旅のパートとして描かれます。つげ義春をご存じない方もいると思いますし、私も絵のタッチを知っているぐらいではあるのですが、それでも本作にどっぷりハマってしまいました。

 自分が関わった作品を観て「私には才能がないことがわかりました」と煮詰まった李は旅に出て、全てが雪に覆われた古びた宿でべん造と出会うことになります。日本語が流暢だけど韓国人である李と山形(の庄内)弁でぶっきらぼうにしゃべるべん造の会話はそれだけでユーモラス。特に李を演じるシム・ウンギョンの佇まいがとにかく魅力的!あんなに飄々としていて、自然体なのにウンギョンちゃんが演じると彼女の中にある所在なさや李という一人の人間性がモクモクたちあがっていくというか・・・

うまく言葉に表現出来ないけれど、とにかく目が離せないんです。ウンギョンちゃん自身が実際に韓国と日本を行き来しながら俳優の仕事をしていて、劇中のセリフのようにずっと旅の途中にいるからか、李を演じるにふさわし過ぎる存在です。

 本作は(ハプニングはあれど)大きな事件は起きない、でもたまさか出会ったことで二人が共有する時間は得も言われず暖かく、そこにはちょっとした気付きと味わい深い経験、特別な景色が広がって見えます。

私は旅に出かけ、そこの土地の人となんてことない時間を交わすことが出来た時、いや、ただ土地の人の日常を眺めただけでもいい、これまでもこれからもお互いの時間は深く交じり合わないけれど、同じ時の流れを生きるのだ、と思うとなぜか前向きな気持ちになれます。李とべん造のやり取りを観ていてそんなことをふと感じました。

 シンプルに見えて実はすごくテクニカルなことをやってのけている本作の監督・脚本は「夜明けのすべて」「ケイコ 目を澄ませて」の三宅唱。彼の次の作品も楽しみでなりません。旅にまつわる映画を観て旅に出たくなる衝動に駆られるのはもうそれだけで間違いないですし、ちょっと日々に疲れたなー、という方にこそ観てほしい!

by.M