ウラシネマイクスピアリブログ

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『ゴヤの名画と優しい泥棒』

 イギリスが誇るロンドン・ナショナル・ギャラリーはヨーロッパ絵画を網羅する質の高いコレクションで知られる美術館。2020年に東京でも大規模な所蔵展が行われました。その時に来日を果たした絵画の1つがゴヤの「ウェリントン公爵」、実はこの絵画はナショナル・ギャラリーから盗まれたことがあったんです。今回ご紹介するのは実話を元に映画化された2/25(金)公開『ゴヤの名画と優しい泥棒』です。

 1961年、イギリス政府からの一部支援を受け、ゴヤの描いた肖像画「ウェリントン公爵」が14万ポンド(約2100万円)で落札され、ナショナル・ギャラリーに展示されるというニュースが流れます。しかし絵画は展示から19日後、あっさりと盗まれてしまう。その手口からプロの窃盗団によるものでは?と話題になったが、犯人からの要求は「絵画を返してほしければ、年金受給者の(公共放送)BBCテレビの受信料を無料にせよ」という脅迫。そしてその要求は年金暮らしをするケンプトン・バントン(ジム・ブロードベント)からのものでした。

 世界的名画の盗難に関わったのが市井のおじさんという何とも可笑しみがあるこの事件。当時のイギリスは不況が深刻化していた時期、誰もが余裕のない状況で生活を送っていた中で特に年金生活の高齢者にとってはテレビやラジオだけが社会と繋がれる楽しみでした。貧困によって社会から孤独になる高齢者を救う手立てとしてせめて公共放送の受信料ぐらいは無料にしてほしい!と以前から地味に活動していたのがケンプトン。でもそんな彼の耳に入った政府の絵画購入のニュース。「もっと大切なことに政府はお金を使うべきじゃないのか?」とケンプトンは、激怒です。そこで思いついたのがこの事件でした。

 そんな正義感溢れるケンプトンですが根っからの聖人だった訳ではありません。仕事に就いても長続きせずその癖、日の目を浴びない執筆活動をして夢を追い続け、社会活動にも精を出す日々。そんな夢見がちな彼を支えていたのは妻ドロシー。霞を食べて生きているような夫の代わりに一家を支える現実派ドロシーは日頃からケンプトンに小言の日々。

演じるはエリザベス女王からアクション映画でカーチェイスシーンまでやっちゃうヘレン・ミレン。ケンプトン演じるジム・ブロードベントと共にイギリスを代表する俳優二人が長年連れ添った者同士にしか出せない空気を醸し出し、そのやり取りにはついつい笑ってしまいます。

そんな風にケンプトンは変わり者ではあるのですが、一貫しているのは弱き者の立場に立ち、彼らに寄り添う優しさを持つ、そのまっすぐな人となりです。人生を自分のためだけでなく、むしろ周囲の人のため、コミュニティーや社会のために捧げていたその姿はまるで鼠小僧みたい?!何だか胸が熱くなってきます。

映画の前半はユーモアたっぷりの語り口ですが、ついには絵画窃盗事件の犯人としてケンプトンが法廷に立つシーンでは傍聴者たちも彼を応援しようと一丸となり、また胸がいっぱいです。しかもこの事件の顛末、実はもう1つ隠されていた事実も明らかになって、さらに私たちの心を優しく、温かくしてくれるのでした。

 自助努力、自己責任ばかりを求められるようになった私たちですが、社会に声をあげることの意義や、互いに助け合い、思いやりを持つことの大切さをユーモアとハートフルな温かさでもってこの映画は教えてくれます。これぞイギリス映画!と思わせてくれるウェルメイドな1本です♪

By.M