ウラシネマイクスピアリブログ

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『カセットテープ・ダイアリーズ』

 1つの出会いが人生を変える。その出会いは人だったり、本だったり、それこそ映画だったりといろいろあると思いますが今回ご紹介する映画は“ある音楽”との出会いで新しい一歩を踏み出す青年が主人公、7/31(金)公開『カセットテープ・ダイアリーズ』です

 1987年、イギリスの田舎町ルートンで暮らすパキスタン系の高校生ジャベド(ヴィヴェイク・カルラ)。好きなものは音楽と詩を書くこと。でも閉鎖的な町、家父長主義な父親(クルヴィンダー・ギール)の元で自由がない家庭とどん詰まりな環境。いつかは家を飛び出して作家になる夢を追いたい!と大きな野望を持ってはいるもの叶いそうもない・・・そんな日々を過ごしていたジャベドにクラスメイトから渡されたのは2つのカセット・テープ。それはブルース・スプリングスティーンのアルバムだったのです。

 音楽をフックに人生が一変する系映画と言えば『シング・ストリート 未来へのうた』や『はじまりのうた』『ONCEダブリンの街角で』といったジョン・カーニー監督の作品が挙げられますが、この手の作品が大好きな方に是非、観てほしい!!そして自分がまだ何者かわからない、とアイデンティティに悩んでいる若者に、そして年頃のお子さんとうまくコミュニケーションがとれていないご両親世代に、そんな両親に反発している人にも。

 ブルース・スプリングスティーン、“ボス”の愛称で今も世界中で絶大なる人気を誇るアメリカのロック・スターでありながら一貫して庶民や労働者の目線に立った歌を歌い続けています。「八方ふさがりな環境の中、俺たちは走り続けるしかないんだ」、そんなどこにでもいるどこにでもある境遇の人間の心の叫びを歌うボス。なのでジャベドにもその声がグサグサ響きまくります。

やりたいことがあるけど父親からは「お金が稼げる職につきなさい」「家族のために生きろ」と言われ、父以外が意見を持つことも出来ない・・・。外に出れば「パキ!」と唾を吐かれ、イジメを受ける。言いたいことがあっても何も言えない彼にとってボスはまさに代弁者。ボスの詩に自分を重ねることでジャベドは自身を鼓舞していきます。

 ボスのおかげで溜めこんでいた感情を自分の声として文章にぶつけるようになり、もともと文才があったジャベドは自身の居場所を見つけていきます。その過程で学校のクレイ先生(ヘイリー・アトウェル)、近所のおじさん、そしてガールフレンドのイライザ(ネル・ウィリアムズ)と彼を勇気づけてくれる理解者との出会いも訪れ、「負けるなーー」と我らもエールを送りたくなるハズ。

 でも母国の古い風習に固執している父との感情の軋轢は増すばかり。唯一子供の頃から分け隔てなく接してくれていた友達マット(ディーン=チャールズ・チャップマン)ともちょっとしたことで喧嘩になったりと、感情が暴走するあまり大切にしていたものまで見失いそうになることも。でもそこでジャベドに救いの手を差し伸べるのはやっぱりボスの歌なのでした。

 本作は王道の青春映画の形を取りながらも、サッチャー政権下で起きていた移民の排斥運動や経済の低迷といった社会背景も描きます。ここ数年、ブレグジットに揺れたイギリスの状況を始め、トランプ政権下の人種や民族、宗教での分断化は世界的な問題にも発展していますが、現代とも共通する問題点を描くあたり、多面的な視点を持った映画とも言えましょう。

 ちょっと堅苦しくなってしまいましたが、多くの方が共感出来るテーマを持った映画なので観た後にきっと前向きな兆しが見つけられると思います。劇中の80年代表現も完璧なので40~50代の方にもグサっとささること間違いなし!
日常は相変わらずコロナ、コロナでテンションも下がりっぱなしだと思うのでこの映画を観ている時だけでも忘れて、ボスの曲から、映画からパワーを貰ってもらえますように♬

By.M