ウラシネマイクスピアリブログ

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『ファントム・スレッド』

 今回は本年度アカデミー賞作品賞ほか6部門にノミネート、うち衣装デザイン賞を受賞した5/26公開『ファントム・スレッド』をご紹介します。

 舞台は1950年のロンドン。英国ファッション界の中心に君臨する仕立屋のレイノルズ(ダニエル・デイ=ルイス)はウェイトレスだったアルマを見染め、彼女を新たなミューズとして自身の世界に迎え入れます。インスピレーションの源を得たレイノルズはドレスを精力的に作り続ける一方で、自分へのぞんざいな扱いにアルマは不満を募らせていくのですが・・・

 先ずは冒頭からうっとりシーンで映画はスタートです。バックに流れる美しい音楽、一連の朝の身支度を整えるレイノルズ。佇まいそのものがクラッシクでエレガント。この最初の数分のシーンだけで彼がどれだけ美意識が高く、繊細な人間かが語られ、彼の手がけるオートクチュール(高級仕立服)がどれだけうっとりものかも一目瞭然。そんな誰もが憧れる天井人のようなレイノルズとアルマは運命的な出会いをします。

階級社会であるイギリスにおいて、ただのウェイトレスだったアルマが彼に声をかけられたことはまさにシンデレラストーリーの始まりです。華やかなファッションの世界に身を投じ、誰もが憧れる男性に寵愛を受けることとなる女性の物語となるとそれは甘美でロマンティックなラブストーリーが展開される、と思いきや、この映画の面白さはそこからどんどん思いも寄らない所に進んでいくところ。

 何せレイノルズは完璧主義者。“服を作ること”が全ての中心で、そのためにしか生きていない彼にとって、自分が決めたルールを乱されることは何よりものご法度。加えて、今は亡き最愛の母親からドレス作りを教わっていて、母なるものを常に追い求めている、そうマザコン。才能があり、完璧主義者でマザコンな男性との恋愛がそう簡単にいく訳はありません。(おまけにある意味レイノルズの上をいく姉ちゃん、シリルがいつも側にいる、ときたもんだ。)

エゴイストな彼にとって、いくらアルマが特別な存在であっても所詮、彼にとっては自分が求める体型を持つ、ただの生きたマネキン。「自分のペースは乱されたくない」と独身を貫く彼に恋人はいても、彼の愛情を求めた途端、いつも彼が捨ててきているのです。そしてアルマもそういったその他大勢の女性の1人になると思いきや、彼女には愛されてやるという自尊心が強かった・・・。

これまでそうだったように、アルマに対しても過小評価をしていたのですが、自分のやり方を通そうとする彼女にレイノルズもだんだん巻き込まれていきます。もうこの辺りからは、恋愛のゴタゴタで生じる“ある、ある”がどんどん露呈されていって、ちょっと笑ってしまうほど。好意ある相手に決して言ってはいけない「私と仕事とどっちが大事なの~」的発言から、相手の気持ちは考えもせず、良かれと思ってやることが全て裏目に出る行為、ちょっとした気になる日常の行為がイライラの種になる、など。途中まで崇高な世界を描いていたかと思いきや、「あれ?これ痴話げんか?」的流れになっていく。最初は主導権を握っていた者がいつしか形勢逆転!なんて本当によくあることですよね。アルマはゆっくりと、しかも確実にレイノルズを捕えて離さないのでした・・・アルマ、なんて恐ろしい子!!

 この映画はおそらくポスターや予告を見た時と実際映画を観た後ではきっと印象が違うと思います。高級感もありロマンティックなのになんか笑えるし、そこに可愛げがある、と思ったら戦慄が走る!いろんなことがてんこ盛りでどんな映画かを説明し辛いのですが、究極の愛に身を投じた二人の愛の物語であるのは確かです。

 仕立屋レイノルズを演じたのはアカデミー賞常連俳優ダニエル・デイ=ルイス。役にのめり込むことで有名な彼はこの撮影の前に1年間衣装作りを学び、ドレスが作れるようになった逸話はまさに彼らしいエピソード。これを最後に役者を引退する、と発表していますが、以前も引退宣言をしフィレンツェで靴職人になって、また復活した経緯もあるので、宮崎駿監督とダニエル・デイ=ルイスの引退宣言は“辞める、辞める詐欺”だと私は思っています。だって、こんなに才能があるんですもの、これからも観続けたいじゃないですか!

予想を遥かに越えた魅惑な映画体験を与えてくれる本作、是非この世界に皆さんも陶酔してください・・・

By.M