ウラシネマイクスピアリブログ

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『aftersun/アフターサン』

 コロナ禍の影響なのかここ数年、内省的な私小説を思わせるような作品が増えているのが特徴です。本作もそういった作品の1つではあるのですが、それだけに留まっていないところがさらに観る者の心を捉えます。今回は主演のポール・メスカルがアカデミー賞主演男優賞にノミネートされ、カンヌ映画祭などで絶賛を集めた5/26(金)公開『aftersun/アフターサン』をご紹介いたします。

 11歳のソフィ(フランキー・コリオ)は普段は離れて暮らす父カラム(ポール・メカス)と二人でトルコのひなびたリゾート地にやってきた。旅行のために入手した家庭用ビデオカメラを互いに向け合い、太陽の下で二人は穏やかな夏休みを共に過ごす。

 ソフィとカラムは普段は離れて暮らしているけどとても仲良し。せっかくの二人っきりの夏休みだからとにかく楽しく過ごしたい、という前向きな気持ちも伝わってきます。明るい太陽、プールの水しぶき、青い空に浮かぶパラグライダー、何てことないリゾート地の光景も二人の高揚する心に乱反射して輝いて見えます。

 ビリヤードをしたり、プールで泳いだり、ソフィの前でカラムがおどけた動きをしてみたりと二人の時間はとりたてて特別感はありません。それでも親密さに溢れるそのやりはどのシーンも愛しくてずっと観ていたい気持ちになるし、そんな光景は自分の中に閉まっていた記憶をちょっと刺激したりもするから、こちらまでセンチメンタルな気持ちにもなってしまいます。

 でもその一方でソフィが寝静まった後、二人が顔を見せ合わない瞬間、カラムが不安を滲ませる姿が映し出されます。何かを我慢しているような、行き場所を失っている感情を抱えているような・・・これから大きくなる娘のために真剣に護身術を教えたりするような強くて優しい父親なのに危うさが大きな背中ごしに見てとれます。そんなカラムのちょっとしたサインをソフィが感じとってしまっているのもどこか切ないんです。

カラムの大好きな曲だからと一緒に歌おうと誘ったカラオケを結局ソフィが一人歌うシーンも印象的です。その曲の歌詞もとても示唆的でもあるから・・・。(この映画は音楽の使い方も神がかっている!)

 そんな脆さを抱える父との時間ではあるけれど、ソフィにとって、いえ二人にとってかけがえのないものであることには変わりなく、でもその時間が決して永遠ではないことを私たちも知っています。それでも「終わらなければいいのに」と思える感情は消えゆくものにこそ宿る輝きを放ちます。

 実はこの映画は二人が過ごした夏休みを切り取っただけでなく、時折ある視点が挟み込まれることで次第に見えてくるものがあります。それに気付いた時に別の感情も湧き上がってくるのです。そして記憶というものはいつしか遠のいていく一方で、形を変化させながらもその人の心にあり続けることを教えてくれます。

そう、記憶はあやふやで頼りない断片の一つ一つだけれど、そんな記憶がここにはいない人をありありと実感させることもある。忘れたくないと願った想い出すら失っていくこともあるけれど、それでもその時に感じた親密さまでも損なわれることは決してないと。そんなことを考えあぐねているとダンスフロアで踊るカラム、彼を見つめるソフィの視点に胸がいっぱいになり、涙があふれてたまらなかった・・・。

 余白が多い映画ではあるので、人によっては捉えどころのなさを感じる方もいるかもしれませんが、ここで描かれることはパーソナルな想い出に留まらず誰しもがそっと大切にしている感情のドアをノックするものだと思います。それは今、気付かなくてもソフィの記憶のように時が経つことで見えてくることもあるのだと思っています。

By.M