ウラシネマイクスピアリブログ

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『ザ・ホエール』

 今回紹介する作品は本年度アカデミー賞主演男優賞、メイクアップ&ヘアスタイリング賞受賞作、4/7(金)公開『ザ・ホエール』です。

 チャーリー(ブレンダン・フレイザー)は過食と引きこもり生活のため重度の肥満症となり看護師のリズ(ホン・チャウ)に助けてもらいながら大学のオンライン授業の英語講師をし、生計を立てている。しかし、自らの死期が近いと悟っている彼にはある望みがあった・・・

主人公のチャーリーには『ハムナプトラ』シリーズでアイドル的人気を博していたブレンダン・フレイザーが毎日4時間かけファットスーツを着用し、体重600ポンド(250㎏越え)もの体になり演じました。若かりし頃の彼を知っている世代にとってはそれだけで大きな驚きです。

チャーリーがそうならざるを得なかったのは妻子ある身で同性のアランと恋に落ち、その恋人が自殺してしまったから・・・。愛する人を失ったことで生きることへの意味を見失った彼は精神のバランスを崩し、抱えきれない喪失感を埋めるかのようにとにかく食べまくる姿は悲痛で、鯨のように大きくなった身体で歩行器なしでは部屋の中を歩くのもままならないその姿がとにかく痛々しいんです。

生きることに絶望しているチャーリーではあるのですが、家族を捨てたため疎遠になった娘エリー(セイディー・シンク)のことだけは心残りで、17才になった彼女に一目会いたいと願い、彼女の卒業の作文を添削するという理由で再会を果たすのですが父親を憎悪するエリーはチャーリーに反抗し、容赦なく酷い仕打ちを与えます。娘にとってみれば今のチャーリーの姿は自業自得だろうし、何より自分は(母親も)深く傷ついています。チャーリーが今更のように謝りたいと思ってもその願い自体「自分が楽になりたいだけのことでしょ」と言われればそれまでのこと。それでもチャーリーは残された僅かな時間でもって、彼女に謝罪をし、そしてそれ以上に彼女へ伝えたい思いがあったのです・・・

基本的にこういう人生のどん底に堕ちた人間が、最後の最後に全てをかけてワンスアゲイン!と奮起する話に私、弱いんです。チャーリーの人生も自分で選んだ結果でしょ、と言われればそれまでですが、彼が選んできたこと全てを否定する気には私はなれません。だって人間ってそんなに強くないし、誰かを傷つけるとわかっていても、選んではいけない道を進んでしまう、そんな弱さを抱えた身勝手な生き物が人間だもの。

家族を捨ててまでも愛してしまった人と出会い、そんな愛する人を救えなかった自分を断罪し、そんな中で死に向かうかのように食べることを止めず、一人では生きていけない程の体になった彼の心中を思うと、もう何も言えない・・・そして愛する人を失った世界で生きることに絶望していたチャーリーがそれでも娘のエリーには思うままに生きてほしいと願い、エリーの人生を肯定し、そのことを命がけで伝えようとする姿に涙が止まりませんでした・・・。それはチャーリーと同じように心身のバランスを崩し、表舞台から遠ざかっていたブレンダン・フレイザーのパーソナルな部分が演技にも引き出された瞬間でもあった気がします。

(受賞は逃した看護師役のリズを演じたホン・チャウの人間味あふれる演技も素晴らしい!)

元々が舞台劇ということ、またコロナ禍での撮影であったことも影響してか、本作はほぼチャーリーの家の中で物語は展開します。そんな制限ある空間であるにも関わらず、物語は豊かに波打ち、私たちの心に強く揺さぶりをかけてくる・・・まさかこの映画がこんなにも純真な愛に溢れていたなんて・・・・心をえぐられるような痛みを感じる作品だけど、観た人の心に穏やかな余韻も残してくれる作品だと思います。

By.M