ウラシネマイクスピアリブログ

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『すばらしき世界』

 映画評論家、ライターさんたちの評判がすこぶるよく、公開を楽しみにしていた、もっと言えば新作の公開がいつも楽しみな監督の一人、西川美和監督(『ゆれる』、『永い言い訳』ほか)の最新作が公開されました!今回ご紹介するのは2/11(木)公開『すばらしき世界』です。

 三上(役所広司)は人生の大半を刑務所で過ごしてきた元殺人犯。13年の刑期を終え「今度ばかりは堅気ぞ」と更生の道を誓う。上京した三上は身元引受人の弁護士、庄司(橋爪功)に温かく迎えられ、何とか自活の道を探るけれど、元来の短気で頭に血がのぼりやすい性格が災いし、なかなかうまくいかない。そんな時に若手テレビマンの津乃田(仲野太河)とプロデューサーの吉澤(長澤まさみ)が番組のネタにしようと三上に近付いてくる・・・。本作は人生を何度も踏み外した男がもがきながら様々な人々と出会うことで更生していこうとする姿を描いていきます。

 兎にも角にも役所さんの才能をまざまざとみせつけられた、と言いましょうか役所さんの底知れぬ感を改めて知る事になるのがこの映画だと思います。役所さんがうまい俳優だというのは皆さんご存知の通りですが、役所さんの中には得たいの知れない魔物が住んでいてそれが役どころによって覚醒するのです。(勝手に断言!)

 映画の前半では13年ぶりにシャバに出て来た三上の悪戦苦闘ぶりが描かれます。長い刑務所暮らしのおかげで折り目正しい生活を送ることは体に沁み込んでいるけれど、素性が素性なだけにすぐに社会復帰は出来ない。せめて車の運転が出来れば、と教習所に通えど全く運転も出来なくなっている。生活保護を受けなければ当面の暮らしも厳しいという現実に三上は自分の不甲斐なさにぶっ倒れてしまうほど。時代から置いてけぼりをくらい、不器用極まりない三上は可笑しい味があってとてもチャーミングな男にも思えます。

その反面、一旦頭に血が昇ると手がつけられないほど暴走し制御不能になる、そうこの男は元殺人犯。更生の道を歩き出した男だけれど、近付いてはいけない・・・という気持ちも抱かせる溢れるヤバ味。役所さんが演じる三上の目の奥に突如狂気が宿るのです。

 でも幸い、こんな三上の良きところに目をむけサポートしてくれる面々が現れます。善意の気持ちだけでアドバイスをする者、三上という人間を知ることで彼に積極的に関わっていくことを選ぶ者。過去に過ちを犯した者かもしれないが、その道に向かうしかなかった境遇を悲しみ、理解し、立ち直ろうとする三上を何とか支えようとする人たちの気持ちは本当に温かくなります。どうにか更生させたい、どうにか更生したい(この人たちの好意に報いるためにも・・・)、そんな両者の想いが合わさり、観ているこちらもついには「今度こそ、今度こそは・・・」と願うようになっていくのです。

 三上を想う人たちは彼を慮って「そこは我慢だ。見て見ぬふりをするんだ。」と口を揃えて助言します。今は誰も本当の正しさなんて求めていない時代だから。そしてこの社会を生きることと引き換えに手放し選んだものは本当にそうするに値する価値があったのだろうか、と思わされる瞬間がやってきます。

決して感情移入なんて出来ないと思えた三上と言う人の姿に、いつしか我々は大なり小なり彼と同じ選択をして今を生きているのでは?と思わされる。物事は白黒付けられないところにこそ宿る本当もあったハズなのに、うまく振る舞って生きることが最良のようなこの風潮に「それで良かったの?」と付きつけられるのです。私たちが生きているこの場所は“すばらしき世界”なんだろうか?と。

 物語が進むにつれ三上を思い、三上を思う人を想い、体力が奪われるほど号泣した私。冒頭で役所さんが凄い、凄いと褒め称えましたが、三上に寄り添うことになる津乃田役の仲野太河も特に後半むちゃくちゃいい!気付けば彼が観客とこの映画のかけ橋的存在になっていきます。六角精児に梶芽衣子、キムラ緑子とベテランたちもいつも以上に良い!いやこの映画に出ているキャストがみんな良い!

西川監督が「どんな小さな役のキャストも役所さんと演技が出来るんだ」というモチベーションで皆が自己ベストを叩き出してくれた」とインタビューで答えていたのですが、現場であんな役所さんの演技を見せつけられたらそりゃあ、エンジンかかっちゃうわな、と納得しつつ、この映画にすっかり魅せられた私はこの映画にまつわる書籍やWeb記事、監督のインタビューを漁りまくっている日々なのでした。

 シカゴ国際映画祭で観客賞&ベストパフォーマンス賞をW受賞と国境を越え観る人の心も奪った本作なので是非、スクリーンで観ていただきたい。そして私のように「三上ぃぃぃーーー」とむせび泣いてほしい。

By.M