ウラシネマイクスピアリブログ

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『スパイの妻<劇場版>』

 空前の『鬼滅~』大フィーバーで久しぶりに映画館が活気づいていますが、この作品にも注目が集まっています。今回ご紹介する作品は本年度ヴェネチア国際映画祭銀獅子賞(監督賞)を受賞、世界に知られるもう一人のクロサワ、黒沢清監督作、10/16(金)公開『スパイの妻<劇場版>』です。

 舞台は1940年の日本。憲兵たちが行進して現れ、何かの容疑をかけられた外国人の男が連行されていく。抵抗する通訳の日本人。そんなシーンから始まる本作は冒頭から一気に私たちをタイムスリップさせます。神戸で貿易商を営む優作(高橋一生)とその妻・聡子(蒼井優)は洋館のような邸宅に住み、お手伝いの駒子(恒松祐里)を従え生活しています。太平洋戦争開戦が間近という状況下で物資の買付に満州に赴いた優作。夫の一日も早い帰りを待ち望んでいた聡子ですが、帰国を遅らせて戻ってきた優作の様子はどこか疑わしい・・・彼は満州で国家の機密事項を偶然知ってしまったのです・・・

 本作はタイトルに“スパイ”と付くように国家機密を知った優作が正義を貫くために国家を陥れ、そのためには愛する妻にすら真実を隠し、大義を全うしようとする様を描きます。どんな状況下であっても人道を外れる行為は許されない、しかも国がそれを行っていたことで憤りを感じた優作は是が非でもそれを正すため、事実を世間に暴こうとします。

一方、満州から帰国した夫の行動に不信感を持ち、しかも知らない女性と共に帰国していたことを知った聡子は逆に夫をスパイするようになります。夫は自分の信じる夫なのかと疑っていた折、ついに聡子は真相を知ってしまいます。という所ぐらいから、この物語は正義を貫くためのスパイ映画としての緊迫感よりも夫婦同士が抱く疑心感の向かう先がどこに向かうのか?という点に一気にドライブしていきます。

別の顔を持っていた優作を知ってなお、いや知ったからこそどんどん夫への想いを強くしていく聡子。戦争に向かって行く足音がどんどん大きくなるのに、国家という大きな壁の前で信頼出来るごく僅かな同士をただ信じて進むしかない中で、この夫婦もお互いを信じきるしかない状況に追い詰められていきます。それが聡子の中で夫への本当の愛を掴んでいく行為にどんどんシフトしていくかのようにも見えます。その変容を演じていく蒼井優さんの演技がまた何とも言えない!状況は悪化に向かっているのに夫のために!と輝いていくヒロインへと変貌していくのです。

 これまで黒沢映画を好んでご覧になっていた方にはわかってもらえる、あの独特な“不穏”感は本作でも健在です。何が写っているという訳ではないのにスクリーンから発せられる全然落ち着かない感じは本作の至る所に存在していて、それを体現した人物としての憲兵分隊長であり優作の幼馴染でもある津森役の東出昌大さんがまた良い!不敵でどこか狂気を孕んでいるようで何をし出すかわからない。黒沢映画の“不穏”なミューズとして今後も黒沢作品に出演し続けてほしい・・・

 国家の秘密を知ってしまった夫婦が混乱した時代に生き、翻弄されながらも勝ち取るのは正義か、愛か・・・・予測不能なこのミステリー、夫婦の辿る結末がどうなってしまうのかは是非スクリーンでお楽しみください!
よろめきの蒼井優さんをぜひ観てほしい!

By.M